誰がパリ五輪に抵抗しているのか?[第1回]後編/佐々木夏子

  • 投稿カテゴリー:Contents / Series

【連載/第1回_後編

誰がパリ五輪に抵抗しているのか ?

 

Qui luttent contre les Jeux Olympiques 2024 de Paris ?

 

 

 

佐々木夏子

 

「政党」(後編)

 

3.  ヨーロッパ・エコロジー=緑の党 (Europe Ecologie – Les Verts)

 フランス共産党と異なり格別オリンピックと親和的というわけではないヨーロッパ・エコロジー=緑の党(Europe Ecologie – Les Verts、以下EELV)は、パリへの五輪招致に反対の立場を取っていた。
 同
党は1980年代に結党された緑の党を前身として2010年に成立した環境政党であり、掲げる政策の多くは中道左派寄りである。欧州全域における環境意識の高まりとともに、2022年現在は社会党を追い越しかねない勢いを見せているが、2010年代までは社会党との選挙協力なくしては存在不可能な弱小勢力であった。
 パリ市政においてはアンヌ・イダルゴの前任であるベルトラン・ドラヌエの時代から社会党と協力関係にあり、緑の党(その後EELV)出身者が複数の助役のポストについていた。

 そういうわけでEELVがオリンピック招致反対から消極的賛成に転じた理由は三十一文字で説明できてしまうのだ。「イダルゴが 五輪招致を 決めたから 従うよりほか 行く道はなし」——。
 しかし、すでに見た通りサン=ドニやオーベルヴィリエといった五輪利権ズブズブの自治体では五輪反対派が存在しないため2020年の地方選挙でオリンピックが争点となることはなかったが、パリでは事情は違っていた。不服従のフランス(La France insoumise、以下LFI)に属するダニエル・シモネというパリ市議はコロナ禍以前からパリ五輪に反対の立場を取っており、五輪中止を訴えてパリ市長選挙に出馬したのである 。
 EELV党員のソーシャルメディア上のやりとりや、外部に流通しない議事録といった非公式な資料を見ると、パリ五輪をめぐって党内で激しい議論が戦わされていたことがわかる。しかし最終的に党の意見となるのは上層部のそれである。2020年統一地方選においては、候補者リストを率いたダヴィッド・ベリヤールの意向が大きく反映されたことは間違いない。この選挙でEELVは五輪を争点とすることを回避した。そして一次投票で敗退後、ベリヤールは早々とイダルゴ支持を表明し、選挙後には交通・道路担当助役に就任したのである。

 しかしイダルゴがオリンピック招致を考え始めた頃、2015年2月22日付で異を唱える公開書簡を送ったのはこのダヴィッド・ベリヤールであった。そこで主に述べられているのは費用の問題である。

 

パリ市長、親愛なるアンヌ

 

2024年オリンピックおよびパラリンピック大会へのパリの立候補はほぼ決定済みです。メディアであなたが発言しているように、この件はずいぶん進展しているようです。(…)

パリおよび首都圏全域の住民を対象とした、住民相談会や情報公開の期間は6月末に終わる予定ですが、報告書提出はその一段階として位置付けられるべきです。けれどもこの重要な節目は、もはや顧みられていないようです。おそらくは社会党と右派が合わさる圧倒的多数の賛成票を見込んでのことでしょう。あなたはこれまでの自身の発言に逆らう形で、招致について早くも4月にパリ市議会で決議にかけることを決定しました

 

けれどもオリンピックの開催は、一地域や一国、ましてや一都市にとって、決して取るに足らない出来事ではありません。招致活動だけでも、少なく見積もって6000万から1億ユーロがかかります。比較のために持ち出しますと、老朽化著しいスタジアムや体育館やプールのためのパリ市のスポーツ関連予算は、2015年で4600万ユーロとなっています。自転車用レーンを2倍に増やすことを目指す自転車推進計画の予算にいたっては…5年間で1億ユーロです!(…)ロンドン五輪は、当初の予算より2倍も高くつきました。アテネにいたっては3倍です! 仮に民間から多額の投資があり、IOCが大金を出してくれても、地域圏や自治体の「負担費用ゼロ」が保証されることはありません。赤字の場合は公的資金の投入が義務付けられているわけですから、なおさらそうです1(注1)全文は以下で読むことができる:https://sportetsociete.org/2015/02/22/jo-2024-les-leaders-parisiens-deelv-adressent-une-lettre-ouverte-a-anne-hidalgo/

 

 実に明快かつ説得力に富んだオリンピック反対論である。この公開書簡は「真剣な協議(concertation sérieuse)」、つまりは招致の是非を問う住民投票の実施を暗に求めて結ばれる。けれども21世紀に入ってからのバンクーバーをのぞくあらゆる五輪開催都市でそうであったように、パリで五輪招致の是非を問う住民投票が行われることはなかった。
 こ
の書簡から2ヶ月後、パリ市議会でEELVと(不服従のフランスの前身と言える)左翼党(Parti de Gauche)のみが反対票を投じ、2024年大会への立候補は可決された。

 そして2017年9月にパリでの五輪開催が正式決定して以降、EELVがこの件を政治的争点とすることはなくなる。決まったものは仕方がない、どうせやるのならできるだけ害が少ない大会にしていこう。2020年統一地方選挙前にはジャーナリストがパリ五輪についての見解をベリヤールに問う機会も多かったが、彼の態度は一貫してこのようなものであった。日本で小笠原博毅が命名した「どうせやるなら派」のフランスにおける典型がベリヤールであり、彼の所属するEELVなのである。

 実は本連載の「」で紹介した、筆者が活動の場としてきたNon aux JO 2024 à Paris(2024年オリンピックのパリでの開催反対)という反五輪グループの定例会議は、2019年までEELVのジャック・ブトーが区長を務めていたパリ2区の区役所で行われていた。
 な
ぜこんな瑣末な話を持ち出すかというと、ここから以下の二点が確認できるからである。第一に、EELV内部にはパリ五輪決定後も五輪反対論者が根強く残っていた、という点。次に、ジャック・ブトーのようなEELV党内でそれなりのポジションについている五輪反対論者が、自らの政治生命をかけて公的な場で五輪開催への異議を唱えることはついぞなかった、という点。
 報われることの少ないばかりか、あちこちに敵を作りかねない地道な反五輪活動に自らの手を染める気はないが、区役所を使わせることで「協力関係」を取り繕い、パリ五輪が批判に晒される将来に備えたアリバイ作りにはやぶさかではなかった、とまで言ってしまっては言い過ぎだろうか。

 ともあれ、2016年から2019年までEELVの拠点でオリンピックに反対する会議をしていた関係上、私は同党関係者とことばを交わす機会には大いに恵まれた。この頃私は、機会を見つけるごとに以下の話を触れ回っていた。
 近
代オリンピックの歴史において開催返上の例は一つだけある。米国コロラド州デンバーでの開催が決まっていた1976年冬季五輪は、環境団体を中心とする働きかけによって住民投票が行われた結果返上が決まり、インスブルック(オーストリア)に開催都市が変更された。
 この例は開催返上が法的にも政治的にも可能であることを示している。返上派だったリチャード・ラムという政治家はこの勝利を政治資本とし、のちにコロラド州知事に就任さえしている。
 この話を聞いたEELVの政治家の一人は、関連記事のリンクを送って欲しい、と私に頼んだ。しかし私がそうすることはなかった。なぜなら本気で知る気があるならば、少しでも「どうせやるなら派」から抜け出す気概があるならば、「デンバー」、「1976年」、「冬季オリンピック」と検索エンジンに入れるだけで必要な情報が簡単に手に入ることを知っていたからである。

 私の怠慢かつ生意気な態度も一因となっているのかどうかは知る由もないが、EELVが「デンバー1976」を参照することは一度もなかった。しかしこの近代五輪史上たった一度の開催権返上劇は、フランスにおいてただの一人の政治家にも感銘を与えなかったわけではない。先述の通り、LFIのダニエル・シモネはパリ五輪中止を公約に掲げてパリ市長選挙に出馬するのだが、彼女はしばしば「デンバー1976」に言及してその認知をフランスで広めることに貢献したのである。

 

 

4.  不服従のフランス(La France insoumise)

 ダニエル・シモネはパリ市長選挙に出馬する数ヶ月前に来日している。パンデミックがなければ東京五輪1年前となるはずだった2019年7月に東京で組織された、反五輪国際連帯週間に参加するためだ。新宿でデモに参加する彼女の写真は、ウェブ上に多数存在している。

 シモネはこうした集会に参加するためわざわざフランスから来日する程度の反五輪主義者である。アンヌ・イダルゴが招致活動を開始した時、シモネはパリ市議(2期目)を務めており、署名収集サイトChange.orgで「2024年オリンピック:パリは立候補してはいけない」という署名活動を行った2(注2)https://www.change.org/p/anne-hidalgo-jeux-olympiques-2024-paris-ne-doit-pas-candidater
 こ
の署名活動やメディア上でのオリンピック批判によって、シモネは先述のNon aux JO 2024 à Parisのリーダー格であるフレデリック・ヴィアルと信頼関係を構築した。そしてシモネとヴィアルがフランスにおける反五輪勢力を代表して、2019年に来日することになったのである。アメリカや韓国などからの参加者に政治家は含まれていなかったので、フランスで公職に就いていることを示す赤と青のたすきをかけて新宿のデモに参加したシモネの姿は一人異彩を放っていた。それから数ヶ月後、ヴィアルはシモネとともに2020年のパリ市長選挙を戦うことを決断し、15区の区長戦に立候補したのである。

 シモネがパリ五輪中止を訴えるために選挙に巻き込んだのはヴィアルだけではなかった。サッカー・フランス代表として2006年のW杯に出場しているヴィカシュ・ドラソーも五輪中止を前面に押し出し、シモネと二頭体制でLFIの候補者リスト3(注3)正確を期すると「LFIのリスト」ではなく、「LFIが中心となって支持するDécidons Paris !という市民団体のリスト」なのだが、この辺りのニュアンスはフランスの報道でも無視されることがほとんどなので、本稿でも便宜上「LFIのリスト」と記す。を率いたのである。
 二
頭体制ということは、仮にLFIのリストが最も多く票を集めた場合、シモネとドラソーのどちらが市長になるのか、という問題が発生することを意味している。しかし選挙に出る本人たちもそんな心配をしないほど、パリ市長選挙で極左が勝つ可能性は限りなく低かった。
 ちなみに第1回投票でのヴィアル(15区)の得票率は2%、ドラソー(18区)の得票率は9.29%、シモネ(20区)の得票率は10.86%であり、第2回投票まで駒を進められたのはシモネのみである(その後シモネは市議に当選した)。ヴィアルとシモネやドラソーの得票率には大きな差があるが、知名度のみにその原因を求めることはできない。
 18区や20区といったパリ北東部は比較的庶民的な地区で左翼が強いのに対し、ヴィアルが住むパリ南西部の15区はブルジョワ地区である。こうした選挙区でLFIの候補者が健闘することなどまず不可能であり、ヴィアルはそれを承知で、つまり公職に就く気は全くないまま出馬したのである。彼の狙いはただ一つ、この選挙を使ってパリ五輪を政治課題として浮上させることだった。

 この人事を見るだけでも、2020年統一地方選挙をシモネがオリンピックを政治課題とする機会と捉えていたことがわかる。全く無名のヴィアルはともかく、それなりの知名度を誇る元プロ・サッカー選手のヴィカッシュ・ドラソーがオリンピック中止を訴えてパリ市長選に出馬したことに、メディアは反応せざるを得なかった。
 
私は有名人を担ぎ出す手法やそもそも政党政治自体にあまり関心がないのだが、それでもこの選挙戦中にドラソーでなければ不可能であった数々の仕事に「なるほど」と納得したことは多々あった。何と言ってもドラソーは1996年のアトランタ五輪に参加した経験を持っている。同大会は「コカコーラ五輪」と揶揄された商業化五輪のピークだったのだが、その大会への参加者が20年後に「あんなものは失くした方がいい」と訴えることの説得力はバカにできない。
 世界的に見ても、公的にそのような発言をしてくれる元オリンピック選手はアメリカのジュールズ ・ボイコフ(『オリンピック秘史:120年の覇権と利権』などの著者)とヴィカッシュ・ドラソーくらいではないだろうか。また反五輪グループの代表として、フランスの全国紙に寄稿したり、国営ラジオ放送に出演する機会はヴィアルにも何度かあったけど、視聴率10%台のテレビ番組への出演などは夢にも思ったことがない。ドラソーにはそれができたのである。

 しかしこの選挙から2年近く経った現在の視点でシモネ陣営が展開したメディア戦を評価してみると、その効果は極めて限定的だったと言わざるを得ない。
 
まず2020年統一地方選挙自体がパンデミックの影響をモロに受け、第1回投票(2020年3月15日)と第2回投票(6月28日)の間に3ヶ月以上空いてしまう異例の事態となり、投票率は50%を切ってしまった。COVID-19第一波に直撃された第1回投票に至っては強行を批判される有様だった。この時期、フランスの有権者は選挙どころではなかったのである。またパリ市長選に関しては、エマニュエル・マクロン大統領の政党から出馬した有力候補者のわいせつ動画(愛人に送ったもの)が流出して立候補を撤回してしまい、その穴を埋めるために当時の保健相がパンデミック前夜に辞任してパリ市長選に出馬した挙句落選する、という一連のスキャンダルが話題を独占したのである。
 そのためシモネはおろか、再選されることになるアンヌ・イダルゴの存在感すらもすっかり霞んでしまったのだ。シモネやヴィアルが目指した「オリンピックを政治課題とする」という目的が未達成に終わった原因のかなりの部分は、こうした予測不能な事態に求めることができる。しかしLFI内部に彼女たちの目的を阻害する要因が全くなかった、と言うことはできない。

 ダニエル・シモネはフランスの政界でただ一人、五輪中止を訴えている人物である。そのことが意味するのは、シモネが所属するLFIにおいてさえも彼女の五輪批判がコンセンサスとなっていない、ということである。
 
同党の関係者は異論を唱えることだろうが、一般のフランス人にとってLFIは、創設者かつ「実質的党首」であるジャン=リュック・メランションの存在と不可分である。要はメランションがオリンピックについてこれといった発言をしない以上、シモネがいくら孤軍奮闘したところでその影響は限られたものとなってしまうのだ。

 パリ五輪の開催都市契約をIOCと結んでいるのはパリ市長であり、パリ市長は五輪について絶対的な決定権を持っている。それゆえパリ市長に立候補する立場のシモネの見解は重要なのではないか、と一見思われる。しかし上で見た通り、多くのブルジョワ地区を含むパリは極左にとって厳しい選挙区であり、LFIの候補者は勝ち目のない戦いを戦うことになる。
 
対して左翼が強いパリ郊外の「赤いベルト」ではそうではない。例えばサン=ドニのようなフランス共産党の牙城でLFIが対立候補を擁立することは、フレデリック・ヴィアルがパリ15区の区長選に出馬するのとは訳が違う。サン=ドニでLFIは、結果として敗北したものの、本気で勝ちに行ったのである。

 「フランス共産党」の章で見たとおり、サン=ドニ市長選でLFIのリストを率いたのは、共産党市政でスポーツおよび大規模イベント担当助役を務めたバリー・バガヨコという元バスケットボール選手である。2020年まで「サン=ドニ市オリンピック担当」とでも言うべき立場にあったバガヨコが、ダニエル・シモネのようにオリンピック中止を訴えることなどあるはずがない。この役職について以来、バゴヨコは一貫してオリンピックを擁護してきたのである。オリンピックやスポーツを批判する著作をフランスで数多く出しているマルク・ペルルマン(パリ第10大学教授)によると、2017年3月29日にサン=ドニ市議会でバガヨコはこのような発言をした、とのことである。

 

(…)文化、教育、人道的価値や倫理や連帯の尊重にスポーツを結びつける、オリンピズムが当初掲げていた価値の保存(…)。〔スタッド・ド・フランス同様オリンピックを〕私たちの地区の価値を高める道具としなくてはならない(…)。2024年オリパラ大会を地区間の社会的格差、および環境・経済的格差を是正する道具としなければならない(…)。年齢や収入にかかわりなくあらゆる住民が楽しむことのできる、大衆的で、連帯感を高め、開かれたイベントにしなくてはならない(…)。私たちはオリンピズムの価値に相応しくありつつ、私たちの地区の住民の生きる現実とともにありたいのだ4(注4)​​https://alencontre.org/asie/japon/debat-la-gauche-est-olympique.html

 

 2020年にフランス共産党を裏切ることになるまでバガヨコは、イアン・ブロッサやマリー=ジョルジュ・ビュッフェといった共産党員同様、パリ五輪を盛り立てる職務に邁進していたのであり、その足跡を残した上で五輪反対派に回るはずなどなかった。
 
それゆえ問題は、バガヨコを自陣に受け入れたLFIがパリ五輪をどう捉えているのか、ということになる。ジャン=リュック・メランションを始めとする同党の大物がパリ五輪について注目に値する見解を示していないことからも、どっちつかずの態度をとっておいてどう転んでもいいよう備えているのだろう、と考えられる。リオ五輪や東京五輪のようにパリ五輪も批判にさらされるような事態になれば、ダニエル・シモネの出番となる。そうでなければ政治的に旨味のない議論にエネルギーを割く必然性は低い。

 2020年サン=ドニ市長選挙でバガヨコが率いたリストの名簿第4位、つまり市議となる可能性が十分考えられる順位には、セシル・ジャントラックという名前がある。彼女は研究機関に所属しているわけではなく高校で教鞭を執っている「地理学者」で、2017年以降「サン=ドニ2024年オリンピック監視委員会(Comité de vigilance JO 2024 Saint-Denis)」というグループを主な活動の場としている。
 こ
の「監視委員会」はその名称が示すとおりオリンピックに反対しているわけではなく、どうせやるなら良い大会となるよう監視することを目的としている。ジャントラックはウェブメディア『ルポルテール(reporterre.net)』で「私たちは政党から独立しており、五輪に対しては賛成でも反対でもない」5(注5)https://reporterre.net/JO-2024-la-colere-des-habitants-de-Saint-Denis-oublies-des-projets-de-renouveauと発言しているが、それから1年も経たずして「サン=ドニ市オリンピック担当」が率いるリストに加わる決断をしたのだった。

 ジャントラック率いるサン=ドニ2024年オリンピック監視委員会は、パリが2024年大会開催都市に正式決定した直後に立ち上がり、以後浮き沈みはありながらも現在に至るまで活動を継続している。この委員会は影響力が大きいわけでも、活動が活発なわけでもないが、パリ五輪の「どうせやるなら派」がどのような理由を挙げてその立場を取っているのかを理解するための好例を提供しているので、市民団体やNGOを扱う本連載第4回で詳しく紹介する予定である。

[第1回了]

第1回前編」および「」はリンク先参照

著者紹介

佐々木夏子(ささき なつこ)

翻訳業。2007年よりフランス在住。立教大学大学院文学研究科博士前期課程修了。訳書にエリザベス・ラッシュ『海がやってくる――気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか』(河出書房新社、2021年)、共訳書にデヴィッド・グレーバー「負債論――貨幣と暴力の5000年』(以文社、2016年)など。