コンテンツへスキップ

【連載/番外編

誰がパリ五輪に抵抗しているのか ?

 

 

Qui luttent contre les Jeux Olympiques 2024 de Paris ?

 

佐々木夏子

 

番外編

 

反オリンピック国際集会(2022年5月21-22日、セーヌ=サン=ドニ県)の告知

 

 パリ近郊で5月に開かれる反オリンピック国際集会を告知するテクストが、2022年2月14日にフランスの複数のウェブメディアに掲載された。

 

 フランス語での発表に先立ち、2022年2月4日付け米『ジャコバン』のジュールズ・ボイコフ署名記事は[mfn]注1:https://jacobinmag.com/2022/02/ioc-china-us-nolympics-human-rights-athletes[/mfn]この集会を「2019年に東京で開かれた史上初のグローバル反五輪サミット」に続く「2度目のサミット」と位置付け、その準備を紹介している。

 

 フランスのラディカルな政治闘争理論のプラットフォーム『ランディマタン(lundi.am)[mfn]注2:https://lundi.am/Rencontre-internationale-anti-Olympique[/mfn]』の他に、『ルポルテール(reporterre.net)[mfn]注3:https://reporterre.net/Jeux-olympiques-arretons-le-saccage[/mfn]』や『テレストル(terrestres.org)[mfn]注4:https://www.terrestres.org/2022/02/14/rencontres-anti-olympiques-internationales/[/mfn]』といったエコロジーに特化したウェブ媒体がこの告知文の掲載先であることは注目に値する。

 

 東京大会までの夏季五輪をめぐる闘争は、都市への権利をめぐる社会的闘争といった性格が強かった。パリ大会でそうした側面が消えたわけではない(事実、この告知文でも移民労働者の強制退去について言及されている)。

 

 けれども生態的回廊となっているレール・デ・ヴァン公園や、オーベルヴィリエの労働者菜園の防衛闘争で見られた動員は重点の変化を示している。これは現在欧州で最も訴求力のある政治闘争がエコロジカルなそれであることの傍証となっているだろう。

 

 2030年冬季五輪の招致に反対しているピレネー=バルセロナの運動も気候変動を争点としており、運動を牽引している「STOP JJOO」のマニフェストにはこう書かれている:

 

「気候危機の時代に冬季五輪を招致するなど実に無責任だ。ピレネー山脈の気温上昇は他所よりも進行しており、帰結もより深刻である。カタルーニャの第三次気候変動報告は、2031年から2050年の間に気温は0.7度から2.1度上昇し、降水量は6.8%減少する、と予測している。ピレネーのスキー場はすでにかなりの部分を人工雪に頼っており、中期的には稼働不可能となるのだ」[mfn]注5:https://stopjjoo.cat/manifest/[/mfn]。

 

 冬季五輪の場合、1976年デンバー大会返上においても環境団体の働きが大きかったように、山岳部の自然保護をめぐる攻防は多くの大会で見られた。そこに近年では雪の減少という新しい重大な争点が加わっている。

 

 一方、湿潤な北海道では温暖化進行と共にむしろ積雪量が増える、との予測もある[mfn]注6:https://www.metsoc.jp/default/wp-content/uploads/2020/08/SS2019_05.pdf[/mfn]。そうした予測がわずかでも当たっているなら、国際オリンピック委員会(IOC)への抵抗が弱ければ、冬季五輪は未来永劫ずっと北海道で行われることになるかもしれない。「夏季五輪はずっとアテネでやればいい」というギリシア人の心情を無視した暴論はよく見られる。そのうち古代オリンピックと縁もゆかりもない北海道を冬季五輪の恒久開催地とする論が盛んになるかもしれない。古代オリンピックと縁もゆかりもないのはウィンタースポーツも同じだから、そこは大した問題とならないはずだ。

 

 以下は、集会告知文全文の日本語訳となる。末尾近くに「私たちにはまだ、札幌やピレネー=バルセロナ(スペイン)を2030年冬季五輪から、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地方を2034年冬季五輪から救うことができる」とある。日本からこの呼びかけへの応答があれば、必ず歓迎されることだろう。

 

反オリンピック国際集会

2022年5月21-22日にセーヌ=サン=ドニで会おう

 

 ロンドンで私たちは、500名以上の入居者を抱えていた英国最大の特定目的住宅協同組合、クレイズレーン団地が破壊されるのを見た。そして、たくさんのジャガイモやアーティチョークやカリフラワーが植えられていたマナー市民菜園(Manor Garden Allotments)が破壊されるのも見た。

  ソチで私たちは、ソチ国立公園の広大な土地が破壊されるのを見た。そこは手付かずの国有森林保護地区だったが、無人の地に新都市を建設するため開発された。

  リオで私たちは、ヴィラ・アウトドロモが破壊されるのを見た。オリンピックパークの端っこに位置する、数十年の歴史を持つその漁村には800世帯が住んでいた。2016年までにリオで強制退去の憂き目にあった22,000世帯に、その800世帯は含まれている。また、私たちは、戦車がやって来てファベーラの公有地を簒奪するのを見た。自然保護区がゴルフコース建設のために売り飛ばされるのも見た。

  ピョンチャンで私たちは、スキー場建設のために500年の歴史を持つ神聖なカリワン山の森林保護区域が破壊されるのを見た。

 東京で私たちは、霞ヶ丘アパートが破壊されるのを見た。そのアパートは1964年の東京オリンピックの際に立退を強いられた住民の移転先となった公営住宅だった。

 北京で私たちは、乾燥した山間部に人工雪を降らせるために貴重な水資源が奪われるのを見た。この地域に確立されたウィンタースポーツ産業は、将来にわたり資源を吸い尽くしていくだろう。

 ミラノ・コルティナで私たちは、東アルプスが破壊されていくのを見ている。ユネスコ・ドロミテ財団が罪深くも沈黙を守っているのをよいことに、オリンピックが次第に環境破壊の機会となっている。

 ロサンゼルスで私たちは、エコパークレイクの破壊をすでに見ている。この公園でテント生活をしていた200名もの人々が暴力的に排除され、公有地の囲い込みと軍事化が進行した。

 そして、私たちは、ロサンゼルスに現存する数少ない黒人地区、イングルウッドが破壊されていくのを見てい
る。新しく建設されるスタジアムが家賃を高騰させ、地域経済を破壊し、環境汚染を撒き散らしている。

 私たちは、オリンピック開催の旗の下、公共空間、緑地、住宅、コミュニティが破壊されるのを何度も見てきた。

  これらの怒りをそれぞれの都市でおのおのが孤独に抱えておくにはあまりに荷が重すぎるので、世界中の仲間たちがパリにやってくる。私たちの中には家を失った人がいる。生活基盤、コミュニティ、権利を失った人もいる。私たちがパリに集まるのは、未来に向けて力を蓄えるため、それぞれの経験に耳を傾ける必要があるからだ。
 国際オリンピック委員会(IOC)とオリンピック推進派は、国境を越えて組織されている。連中を止めるには、私たちもそうする必要がある。こうした会議を実現させるために労力を費やすことで、私たちは明白なメッセージを送ることになる。私たちはこの闘争にコミットしており、運動に加わるあらゆる人と連帯している、と。私たちを局所の闘争に孤立させ、孤独な闘争へと私たちを閉じ込めようとするのは、資本家階級のお馴染みの手口だ。彼らにとって最大の脅威が、私たちが互いに力を合わせて闘うのを選ぶことであると、私たちは知っている。それぞれの都市においてだけでなくオリンピックそのものに有意義かつ力強い方法で抵抗する、いかなる戦争機械を私たちは作ることができるだろうか?

  パリ五輪組織委員会はこう言っている。「われわれは過去大会の問題に気づいており、パリ大会はこれまでとは異なり、簡素化された控えめなモデルを提供します」。パリ市長はこう言っている。「より環境への配慮が行き届いた制度への移行をオリンピックは加速させます」。フランスでは少なからずの人がこうした言葉を鵜呑みにし、パリ2024は「史上最も環境に配慮した大会」になるだろうと信じた。このことは、少なくともある程度は、パリの人々がボストン、ハンブルグ、ブダペストで五輪招致を拒否した人々の後に続かなかったことの説明となっている。

  しかし大会を2年後に控えた今日、こうした約束は維持不可能な幻想となった。

 私たちは、ADEFという非営利団体がサン=トゥアン市で運営していた労働者向け住宅が、選手村のために破壊されるのを見た。現在のところ、全員が移民労働者である元入居者たちは狭い仮設住宅に押し込められ、次にどこに行くことができるかわからないままでいる。

  私たちは、レール・デ・ヴァン公園が破壊されるのを見た。保護区域となっている生態的回廊の一部である県立公園に、「メディア村」建設のためコンクリートが流されるのである。その必要性にはIOCすらも疑問を挟んでいた。 

 私たちは、オーベルヴィリエの労働者菜園が破壊されるのを見た。ロンドンのマナー市民菜園同様、コンクリートの下に土壌が消えてしまうのだけど、それは大会に使用されることすらない「練習用」プールのためなのである。

  タヴェルニーとサン=ルー=ラ=フォレでは、目下完璧に機能している二つのプールを取り壊してオリンピックサイズのプールが建設される。シャン・ド・マルス公園では、また別のオリンピック関連プロジェクト(グラン・パレ・エフェメール)のため緑地がコンクリートに変貌した。エランクールでは、マウンテンバイク競技のために木が伐採されることになっている。

  私たちは認めなくてはならない。パリ五輪はこれまでと異なる五輪などではない、と。少数の人たちにとっての好機、市井の人たちにとっての災厄。利益の民営化、負債の国有化。近年の大会と比べれば、パリ五輪は範囲や規模においていくらか小さいかも知れないが、オリンピックが開催地にもたらすものは何処も変わらない。

  2022年5月21、22日に、パリ近郊で反五輪国際ウィークエンドが開かれる。イングランド、ロシア、ブラジル、日本、米国からの参加者が出席し、各自の視点と経験を共有する。土曜日(21日)にはパリ五輪に伴う都市「再生」プロジェクトの中心に位置する、サン=ドニ労働取引所(Bourse du travail de Saint-Denis、住所は9-11 Rue Génin, 93200)で集会が行われる。日曜日(22日)にはラ・クールヌーヴやオーベルヴィリエのオリンピック災害を被った土地を訪れ、共同で闘争の準備をする。この国際集会は、過去の経験から学ぶこと、そして何よりもこうしたオリンピック災害に抗って闘うことを望むあらゆる人に開かれている。

  オリンピックを廃止するための戦いは無益である、と信じる人々がいることを私たちは知っている。昨年夏の「パンデミック・ゲーム[=東京五輪]」に対しては、日本人の8割が反対していたにもかかわらず強行開催され、その後日本では記録的な感染拡大が起こったのである。COVIDにすらオリンピックが止められないなら、誰に止めることができるだろう?

 他にはこう考えている人々もいる。仮にオリンピックを止めたところで、もっと広範に及ぶ資本主義の構造は破壊をもたらし続ける、と。オリンピックは石油や銀行とは異なる。オリンピックの消滅だけではこの腐敗した世界秩序の中枢に打撃を与えることはない。

  でも考えてみてほしい。直近の開催国のほとんどの人々に嫌われ、いかなる意味においてもエッセンシャルとは言えない運動会すらなくすことができないとしたら、どうやって石油や銀行のない世界を夢見ることができるだろう?

  IOCは困難の中にある。日本人の8割が東京大会に反対する前、リオ大会ではブラジル人たちが路上に出て「排除のゲーム」を非難した。2013年以降、開催候補地が招致の是非を問う住民投票を行えば、答えはつねに「NO」である。IOCに10億ドル以上も払っているアメリカのテレビ局、NBCは視聴率急落のために東京大会の後で広告主に補償を行う羽目になった。

  これは勝算のある闘いだ。開催を希望する都市がなくなればオリンピックは終わる。それが可能に思えるなら、このプロセスを加速させない理由があるだろうか? 私たちにはまだ、札幌やピレネー=バルセロナ(スペイン)を2030年冬季五輪から、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地方を2034年冬季五輪から救うことができる。

  5月21日にはぜひサン=ドニ労働取引所へ。みなさんと会えるのを楽しみにしている。今後関連情報は以下で発信される:

 

ウェブサイト:https://saccage2024.noblogs.org/

SNS:@saccage2024 (Twitter: @2024saccage)

連絡先:saccage2024@protonmail.com(フランス語、英語に対応可能) 

 

追伸:この集会には大量の英仏通訳ボランティアが必要とされる。お手伝いしてくれる方は、ぜひご一報を。

著者紹介

佐々木夏子(ささき なつこ)

翻訳業。2007年よりフランス在住。立教大学大学院文学研究科博士前期課程修了。訳書にエリザベス・ラッシュ『海がやってくる――気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか』(河出書房新社、2021年)、共訳書にデヴィッド・グレーバー「負債論――貨幣と暴力の5000年』(以文社、2016年)など。