
株式会社 以文社 事務所移転のご案内
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【著者】 ジョルジョ・アガンベン / アラン・バディウ / ダニエル・ベンサイード ウェンディ・ブラウン / ジャン=リュック・ナンシー / ジャック・ランシエール クリスティン・ロス / スラヴォイ・ジジェク 【訳者】 河村一郎・澤里岳史・河合孝昭・太田悠介・平田周 民主主義が地球規模の全面的勝利を謳うなか、いまや誰もが民主主義に疑念を抱き始めている。 フランスの独立系出版社「ラ・ファブリック」が、現代を代表する思想家8人に素朴かつ深淵な問いを投げかけた―あなたは自らを「民主主義者」と言うことに意味がありますか?―。「民主主義」という、冷戦の終結・グローバリゼーションの発展以後、急速に規定の難しくなった政治的概念に対して、彼らはいかなる考察をもって揺さぶりをかけるのか? 政治思想の最新の成果がここに集結する!
〈利益〉を絶対視して市場の覇権を招いた「経済的モデル」に異を唱え、話題書『経済成長なき社会発展は可能か』で「脱成長」を主張したS・ラトゥーシュら気鋭の社会科学者たちが〈贈与論〉のモースの名の下に結集した。この新しい科学と政治への道を開いた革新運動の主幹をつとめるアラン・カイエによる画期的宣言書。 【目次】 第一部 功利主義の力の台頭 1.漠然とした功利主義から支配的な功利主義へ 2・支配的な功利主義から一般化された婉曲的な功利主義へ 第二部 功利的理性批判の諸要素 3.近代功利主義の発生に関する諸断片 4.功利主義と経済主義 5.理性の不確実さと主体のさまざまな状態 6.反功利主義と民主主義の問い 結論.知の改革のために
アジア・太平洋戦争の最中、1942年の座談会「近代の超克」をめぐる、 日本・欧米・アジアの研究者による国際シンポジウム。 「近代の超克」が提起した問題を、パックス・アメリカーナが揺らぎ始め、国際秩序の再編の時期に、近代性、帝国、普遍性など優れて現代的な視点から歴史的な再検討を試みる。ことに、「近代の超克」の座談会には参加しなかった三木清も含め、西田幾多郎から田邊元を経て、第三世代の三木や西谷啓治へ繋がっていく京都学派は、特に新カント派、マルクス、ヘーゲル、フッサール、ハイデッガーを丹念に読破し、西洋近代思想の受容に多大な成果を上げると同時に日本特有の文化という言説を創出していった。その壮大な経緯の批判的な検討。
大量かつ多様な金融商品が乱舞する〈クラウド・ソーシング〉の政治経済学 1970年代以来のアメリカの経済危機が〈年金基金の静かな革命〉といわれるような金融拡大政策によって克服されてきた結果、大量、かつ多様な金融商品が累積された。この〈クラウド・ソーシング〉は経済にかぎらず、生活世界全般に多大な影響を及ぼし、〈金融〉と〈生〉とを切り離し難い形に強いる。本書は、金融資本主義とも、認知資本主義とも言われる近年の資本主義の新たな永続的危機の構造を冷徹に解明しつつ、この永続的危機を乗り越えるための生き方を模索する『〈帝国〉』以来の画期的な政治経済学。 【目次】 ■序文:S・メッザードラ ■金融資本主義の暴力:C・マラッツィ ■グローバル経済危機と経済・社会的〈ガバナンス〉:A・フマガッリ ■価値法則の危機と利潤のレント化:C・ヴェルチェッローネ ■生権力の形態としての金融化:S・ルカレッリ ■資本を越えてコモンへ:F・キッキ ■〈ニューエコノミー〉、ウェブ2.0における金融化と社会的生産:T・テッラノーヴァ ■認知資本主義と経済システムの金融化:B・ポールレ ■グローバル危機、グローバルなプロレタリア化、対抗パースペクティヴ:K・H・ロート ■もはや何もこれまでどおりには行かない:金融危機をめぐる10のテーゼ ■あとがき:A・ネグリ
SF&ファンタジー評論家の超多忙日記! 母が交通事故、父が亡くなり、姑が脳出血、舅も……苛酷な介護ライフに突入したSF大好きダメ嫁が、世界から集結したSF作家&ファンを迎え撃ち、日本の片田舎から世界の涯てまで学会・イベントをハシゴし、家をみっつ大リフォームし、あちこちに原稿を書きまくり、いろんなメシをつくりたべ、ついに「姑殿」を看取るまで。
われわれ個々人の世界との〈異和〉は、いかにして〈抵抗〉となり〈叛乱〉となりうるのか?そして、民衆的な想像力の表現(=脱構成的批判)を、われわれはいかに感知し、再組織化しうるのか?吉本隆明の〈表出論〉や中上健次の〈文学的企て〉、ジャ・ジャンクーの〈映画=政治的実践〉の試行をとおして、その条件を精緻に追求した、民衆思想/芸術論の新たなる展開! 【目次】 第1部 吉本隆明の表出=抵抗論 第2部 中上健次と部落問題 第3部 アジアの民衆表象 第4部 農民論
―今まさに世界は大変動期に入った― ニューヨーク在住の気鋭の批評家による、初のエッセイ集。00年代末、激動のアメリカ―その渦中から垣間見えた「世界変革」の可能性とは?「世界民衆」たちが響かせる豊穣な鼓動に耳を澄まし、「死にゆく都市」への眼差しのもと、来るべき「巷tしての都市」への夢想をここに開始する。
経済的発展と社会的諸矛盾が同居する中国でいま熱烈に読み直されている文学者と政治家。そのニ人の思想と実践を軸に革命から改革開放への歴史を辿り、中国独自の近代化の意味と知識人が果たすべき役割、さらにその未来を問う。 【目次】 序章 なぜ今、魯迅そして毛沢東なのか? 二人を同時に扱うこと 1.中国モダニティの基点 一九一九年「五・四運動」を中心に 2.モダニティの分裂、クニの分裂 一九二七年「反共クーデタ」を中心に 3.反転する闇 一九三六年「長征」終了と魯迅の死 4.思想「改造」という踏み台 一九四二年「文芸講話」を中心に 5.中国プロレタリア文化大革命を再考する 一九六八年、一九七一年を中心に「文革」への流れ「文革」の始動 6.地獄を思い出すこと 中国における魯迅、毛沢東読解 7.自分の肉を煮るために 日本における魯迅読解 終章. 魯迅のプロレタリア像
特集=都市への権利/モビライゼーション 金融恐慌以降、「空間」をめぐる問いはかつてなく先鋭化し、世界のあらゆる場所が「都市化」をめぐる闘争の場となった。思想誌『VOL』待望の第4号! 今号は「都市への権利/モビライゼーション」と題し、資本主義の根幹問題である開発と土地と居住、そしてそれをめぐるさまざまな闘争・実践に焦点をあてます。この、私たちの都市を私たちの手に取り戻すための「都市への権利」という概念は、古くはH・ルフェーブル、最近ではD・ハーヴェイが唱え、国内外であらためてアクチュアリティをもちはじめているテーマです。このテーマにさまざまな角度から焦点をあてた『VOL』最新号にぜひご注目下さい! 【特別収録討議】 ―― 新しいアナキズムのために ―― (高祖岩三郎・田崎英明・酒井隆史・松本麻里・白石嘉治・矢部史郎・平沢剛・櫻田和也・栗原康・仲田教人)
人文・社会科学の分野で異彩を放つ思想家・矢部史郎が、日本全国の「原子力都市」を自らの足で訪ね描いた現代日本地理。私たちは「鉄の時代」の次にあらわれた「原子の時代」の都市の全貌をいまだはっきりと把握できておらず、本書はそれを実際に都市を歩くなかから探り出そうとする。オバマ政権の誕生以降、あらためて注目をあびはじめた「核の時代」。こうした時代背景のなかで、「在野の思想家」のユーモアと鋭さを併せもつ分析の刃が、新しい時代の政治と文化を斬る。
性と肉体にまつわる最も私的で親密なものこそ最も政治的である。フーコーの「人種」言説分析とフェミニズムの最先端から植民地の「性の歴史」と帝国の「生政治」を描き、従来の歴史学と人類学を解体する「感情の政治学」。 【目次】 一章 親密なるものの系譜 ― 植民地研究の現在 二章 植民地的範疇を再考する ― ヨーロッパ人社会と支配の境界 三章 肉体の知識と帝国の権力 ― 人種の構築におけるジェンダーと道徳 四章 性の恥辱と人種の境界 ― 文化的能力と混血のあやうさ 五章 感情教育 ― 帝国における境界線上の子供たち 六章 フーコーを植民地的に読む ― ブルジョワ的身体と人種的自己 七章 ジャワにおける記憶すること ― 警告する物語 エピローグ 安全地帯と比較の枠組みへの抗議
三峡ダム建設で水没する町を描いてヒットした『長江哀歌』の記憶も新しい中国の映画監督ジャ・ジャンクーはカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの三大映画祭を制覇し、30代にして世界映画の未来をになう巨匠として注目されています。日本との関係も深いこの映画作家は、中国では、映画界のみならず、若い世代のアーティスト、文化人たちを唱導するオピニオンリーダーとなりつつあります。 本書は、そのジャ・ジャンクーがデビュー以来、自作や映画全般、中国文化や時代について語り書き対話した十年余にわたる全活動の集大成です。この十年余は中国社会・文化が激変した時代であり、かれの映画そして発言はその生々しい記録ともなっています。 自らの全長編作品の背景や演出意図、制作過程、反響までを語りながら、「改革解放」「天安門事件」以後、国家指導のもとで急激な資本主義化とグローバリゼーションの波に呑み込まれた中国の庶民たちがどのように生きてきたか、またこれから生きていくべきかを真摯に問いかけていきます。 中国映画といえばかつてチャン・イーモウやチェン・カイコーら「第五世代」が世界の注目を浴びましたが、いまやかれらは文化官僚のようにして資本や配給網を独占、手法的にもハリウッドもどきの映画づくりで若い世代を抑圧する存在となっている。それを批判し、新たに普及したデジタル機器による個人的映画づくりなどインディペンダント文化の抵抗を説く急先鋒がジャ・ジャンクーなのです。 本書には、世界の巨匠ホウ・シャオシェン、新世代の旗手ツァイ・ミンリャンといった台湾の映画監督との対話のほか、ハリウッドの巨匠マーティン・スコセッシとの交流や、小津安二郎をはじめとする日本映画論なども収められており、中国や映画に興味をもつ読者はもちろん、個人的な映画づくりを志す人びとにとっても必読書と言えましょう。 【ジャ・ジャンクー作品の主な映画祭受賞歴ほか】 1998年『一瞬の夢』ベルリン国際映画祭 ヴォルフガング・シュタウテ賞 2000年『プラットホーム』ヴェネチア国際映画祭 最優秀アジア映画賞・ブエノスアイ レス国際映画祭 グランプリ 2002年『青の稲妻』カンヌ国際映画祭 コンペティション部門 正式上映/シンガポ ール映画祭 国際批評家連盟賞特別賞 2004年『世界』ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式上映 2006年『長江哀歌』ヴェネチア国際映画祭 金獅子賞グランプリ 2007年『無用』ヴェネチア国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー賞
現象学の創始者フッサールが生誕150年を迎え、世界中で現象学そのものの新たな見直しが進められています。本書はその現象学のわが国における第一人者の最近の思索と活動を集大成した注目の哲学書です。 著者は「超越論的媒体性」という概念を提唱したことで世界的に知られています。フッサール、ハイデガーといった先人たちの営為を引き継ぎ紹介するだけでなく、現代思想・哲学の最先端を踏まえてその問題点を指摘、さらに彼ら自身気づいていなかった可能性をうがち発展させ、新しい哲学へと生まれかわらせようとしている。最前線で思考しつづける、現代では稀となった本当の哲学者です。 本書では、フッサールが始めて構想して以来の現象学の問いと方法と思索の深まり、そして変貌の様子を明快にあとづけたうえで、現象学そのものがひとつの生き物のように変容、成長していくさまを「思惟の道」としてとらえ、それを現代世界のありように照らしてさらに変容・発展させていくことが哲学の「知の責任性」だと説きます。 ハイデガーの「顕現せざるものの現象学」、フィヒテの「像」の哲学に隠されていた可能性をおしひらき、「超越論的媒体性」を軸にした新しい「生命の哲学」を構想する。そのとき、「死」「他者」といった古くからの問題に新しい道が開かれ、西洋起源の哲学が西田幾多郎、井筒俊彦といった東洋思想と出会い、さらには真摯な宗教や芸術がいきづく領域へと限りなく近づき、まったく異なる世界と生命のありようまで垣間見せてくれる。スケールの大きい、未来へ向けた書物だといえましょう。 【目次】 ■ 第一部 超越論的媒体性とはなにか 第一章 方法の事象回帰の運動 フッサールの現象学のたどった道 第二章 反省理論からの解放 自己意識の現象学の課題 第三章 超越論的媒体性としての自覚 ■ 第二部 知の像性と生命性 第四章 知の像性と仮象の発生 第五章 断想 他者と死 第六章 フッサールとハイデガーのあいだ 「視象性」をめぐる問いの往還 ■ 第三部 知の帰属性と責任性 第七章 知の責任性と生の根本気分 第八章 知の自証性と世界の開現性 西田幾多郎と井筒俊彦 第九章 行為的直観の現象学的究明 芸術・宗教・哲学の交差域への問い
20世紀政治哲学の巨人、カール・シュミットの最初期から晩年までの思想を網羅し、その挫折と可能性を導き出した渾身の力作。グローバリゼーションと民主主義の行き詰まりの時代にシュミットはいかにして蘇り、その像を変えるのか?右派・左派そして時代を問わず、政治的な言説の中で常に呼び起こされるシュミットの思想の核には何があり、また彼は何と闘っていたのか?新たな俊英がデビュー作で描き出す21世紀のシュミット! 萱野稔人氏推薦! 「カール・シュミットを読むということは政治的なものをめぐる思考を磨くということだ。この書物はその読みをまさに世界的な水準と拡がりのもとで遂行している。」 【目次】 序論 普遍主義、現実主義、広域秩序 第1章 規範、フィクション、概念の政治 第2章 国際連盟とヨーロッパ 第3章 広域秩序構想 第4章 「歴史の終焉」と世界内戦 第5章 パルチザンの時代 第6章 権力の前室と合法的革命
玄田有史氏推薦! (東京大学社会科学研究所教授) 宮崎さんは希望研究の世界的なパイオニアだ。この本を読めば、「希望」という言葉が、まったく違った響きに聴こえてくるだろう。 知識を過去志向性から未来へと方向転換させる、方法としての希望。 本書はこの知性の変換を、マルキシズムとプラグマティズムを綜合した社会理論の新しい地平として展開する労作です。 【目次】 第一章 方法としての希望 第二章 挫かれた希望の歴史 第三章 部分と全体 第四章 知識を動かす 第五章 希望実現の予感 第六章 重複なき反復 第七章 希望を受け継ぐ
いまここにあるコミュニズム 『アナーキスト人類学のための断章』で日本の思想界に強烈なインパクトを与えたデヴィッド・グレーバーへの待望のインタビュー集。斬新なグレーバー的価値理論が、希望なき資本主義システムのオルタナティブを提示する。どれほどの大企業であれ、その内実はコミュニズム的でしかありえず、危機のときには必ずそれをあてにする現実――。 こうした事実をもとに、人類学者でありアナーキストでもあるグレーバーの想像力一気に爆発する。歴史と未来を同時に読み替える、希望に満ち溢れた社会・経済理論をここに。 【目次】 まえがき (高祖岩三郎) グレーバー/インタビュー・1 「新しいアナーキズムの政治」 グレーバー/インタビュー・2 「新しいアナーキズムの哲学」 グレーバー/最新論文 「負債をめぐる戦略」 グレーバー+矢部史郎/対話 「資本主義づくりをやめる」 あとがき (高祖岩三郎)
「われわれは、超近代人でも、ポストモダニストでも、動物でも、剥き出しの生でもない。何も終わらない」 恐るべき思想家による衝撃のデビュー作! 圧倒的な分量と圧倒的な理論的射程から、現代思想の絶対的な更新を試みる。フーコー、ラカン、ルジャンドルの不穏な共鳴が導く「永遠の夜戦」の地平とはなにか? これまで誰も正確に掴むことのできなかったラカン、フーコーの概念を根底から捕まえ、ルジャンドルの碩学とのモンタージュの中から、生き抜き、戦い抜くための武器を磨く。 【目次】 第一部 ジャック・ラカン、大他者の享楽の非神学 第二部 ピエール・ルジャンドル、神話の厨房の匂い 第三部 ミシェル・フーコー、生存の美学の此岸で 引用文献一覧 略号一覧
イギリス民族学会賞を受賞した現役経産官僚による衝撃のデビュー作!なぜ経済学にはネイションという概念が存在してこなかったのか?経済学の盲点を突き、ネイション不在のまま人間の紐帯を切り崩す支配的な経済理論(市場原理主義)に警鐘を鳴らす。リスト、ヒューム、ヘーゲルらの思想を読み込み、経済ナショナリズムの有効性を歴史=哲学的に実証した野心的知性の誕生。グローバリゼーションの行き詰まりが露わになったいま、今後世界を席巻するであろう。「経済ナショナリズム」理論の核心をいち早く紹介する。6月には『国家とはなにか』の著者、萱野稔人氏との対談も決定し、各誌メディアへも登場予定! 【目次】 序章 正統と異端 第1章 もう一つの政治経済学 ハミルトンとリスト 第2章 国力論の源流 ヒューム 第3章 国力の哲学 ヘーゲル 第4章 裏切られた創始者 マーシャル 第5章 経済理論とナショナリズム 終章 経済ナショナリズムの可能性
『死産される日本語・日本人』と『日本思想という問題』で新鮮なデビューをしたコーネル大学教授・酒井直樹氏による日本国憲法論。戦後日本で形成されてくる集団的感傷としての国民主義の限界を分析し、多義的な日本国憲法を応答可能性=普遍性として未来へ開く、壮大な投企。日本国憲法の成立をめぐる時代背景の分析は、新しい歴史の大きな語りという可能性を示唆する。 【目次】 第1章 憲法の発話者とその応答関係 第2章 パックス・アメリカーナの黄昏 第3章 普遍主義の両義性と「残余」の歴史 第4章 競争する帝国=帝国主義者のコンプレックス 第5章 国民主義の終焉、あるいは植民地主義の一形態としての国民主義 第6章 同一性(アイデンティティ)から希望へ むすびにかえて 「残余」という視座 ※付録:「対日政策に関する覚書」1942年9月14日 E・O・ライシャワー
9.11以後、逼塞する全米の言論界で、チョムスキーらとともに果敢に発言するバトラーの最新評論集。 テロルとの戦争によって剥き出しにされた今日の〈生〉を見つめ、見知らぬ人びとへの哀悼、人間の傷つきやすさ(ヴァルネラビリティ)、応答責任、攻撃性が殺人行為を思い留まらせる〈顔〉などについて、ジェンダー論の成果に立って紡ぎ出された、ポスト9.11の〈生〉の条件を綴る。
新しく発見された1941年の田中宛書簡から、西田幾多郎の政治哲学を跡付ける。第二次世界大戦という全面戦争に突入する危機の時代を迎え、なぜ西田は、法あるいは国家の正統性をめぐる探求をしたのか?グローバル化による国家の枠組みの世界的な流動化、あるいは憲法論議をひかえた日本の現状を考察するうえでの貴重な視座を提示します。
現在、10カ国語への翻訳が進行中の当書は、今後、思想の〈語り口〉を一変させるほどの力を持っている。この11月には初の来日を果たし、早くも各紙(誌)からの依頼が続々舞込むグレーバーの盟友・高祖岩三郎による初邦訳。アナーキズム&人類学の結合から生み出されるどこまでもポジティヴな世界観。 変革はゆっくりと、だが着実に進んでいる!
世界を震撼させた「同時多発テロ」からすでに五年。この事件を堺に世界秩序の編成は大幅に変化した。かつて戦争は国家間の戦争を意味したが、「テロとの戦争」は、軍事的対象を国家から人民に変えた。そのことが世界の秩序編成に何をもたらそうとしているのか?『戦争論』の著者が世界的な視野からこの問題に応える。
ロールズ、ハーバマス、ギデンズなどの「合意形成」の政治学を批判的に検討し、シュミットの政治論、ウィトゲンシュタインの哲学から「抗争性」の政治を提唱する−民主主義を鍛え直す画期的な政治思想。 -------------------------------------------------------------------
これまで数々のイメージ論を発表してきたナンシーのイメージ哲学を結集させた1冊。カントからハイデガーまでを貫く形而上学の問題に「イメージ」という観点から切り込み、「世界」の再創造を目論む野心的試み。訳者による長編解説「イメージ・神の死・実共存」も併せて収録。
視覚の近代の成立に決定的な役割を果たした<観察者の誕生>。本書はこの誕生の諸相をさまざまな視覚器具、絵画、人間諸科学の大胆かつ繊細な分析をとおして明らかにします。この観察者の問題は、身体が社会的、リピドー的、テクノロジー的な装置の一要素にどのように組込まれようとしているかという、視覚文化の根本に迫る記念碑的名著です。
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